お芝居つれづれときどき音楽

歌舞伎のこと、音楽のこと、いろんなこと、気の向くままによしなしごとを。

10月マハーバーラタ戦記@歌舞伎座昼

ネタバレしないと書けないのでこちらに。感想というか感情。登場人物に妙に感情移入してしまった。すばらしい舞台でした。
新作なのでネタバレ知らずに見た方が楽しいです。まだ見てない方はそっ閉じで。


f:id:andantepresto:20171010082616j:image
冒頭からきらきらと豪華な絵面。見た目の説得力があります。
物語は全体的に真面目トーンで進むのですが、ところどころ笑えるシーンも。アルジュナがカルナも「怪しい」って言って、「あの目…お前はどうだと問うような…そして色気がある…」って言いだしたのは一体!?聞き間違えじゃないですね?色気?どうした弟?

2回目に見たときには双子二人の声のシンクロっぷりが上がっていて、1か所完全に一人で言ったみたいに聞こえる箇所が。佇まい、空気感も双子らしさが上がっていた。あと、種之助さんかな、武芸大会の前に母親を心配してるときの「母上」が本当に優しい声で、実の母ではないがクシャナ姫を母と心から慕っている様子が表れていた。どきりとした。

あ、片岡の亀蔵さんと坂東の亀蔵さんが同じ場面にいるところがあり、ダブル!となんだかうれしい(笑)。あと彦三郎さんと七之助さんの組み合わせも珍しいような?

弟ドウフシャサナと双子末っ子サハデバ

片岡の亀蔵さんはこういう一癖ある悪役がやはり上手。ドウフシャサナの「俺と同じように兄弟を支えるだけの存在と思っていたのに」という台詞に驚き。彼が、自分の凡庸さを嘆いていて優秀なヅルヨウダという姉を支えるだけの存在だと思っていたのが意外で。仙人クリシュナ曰く、凡庸な100人の兄弟の中では突出した二人だったのだから決して凡庸ではなかったはず。対して、あまり目立たない優しいだけの双子と思っていた末っ子のサハデバの最後の輝き方。「何かある、何もない、それを決めるのは己自身だ」と言うサハデバ。そんなふうには思えなかったドウフシャサナの悲哀が強まる。
f:id:andantepresto:20171010080828j:image
カルナ以外の五王子も物語があり、敵側のズルヨウダは勿論、ドウフシャサナの物語もきちんと描いているのが心に残る。双子兄のエピソードはあまりなかったけど、萬太郎さんは二役に登場してしまうから致し方ない。あとユリシュナのお兄ちゃんはイカサマ賭博にのめりこんでしまって舞台上ではいいとこなしですが(^^;)そのあとちゃんといい治世になったらしいからね、面目躍如。

 

鶴妖朶(ズルヨウダ)と迦楼奈(カルナ)、アルジュラ


f:id:andantepresto:20171010081047j:image

何よりも、ズルヨウダの七之助さん、素晴らしかったです。悪い顔を見せたり隠したり、最初は迷いがないのに、徐々に気持ちが揺れたりの心情がひしひしと。イカサマ賭博の「腹が違う兄弟は賭けるのだね!」と相手を追い込む凄み。そして特に最後の恨みたっぷりの台詞がたまらなくいい。階段落ちも、衝撃的なラストでした。ビーマとの戦いのとき、2回目見たときには海老反りが2回あった。増やしたのか、初回見逃したのかな?
ズルヨウダはヒールだし頭が良くて強いのだけど、孤独で弱い人でした。周囲に人はたくさんいるのに孤独で…。カルナだけが唯一心が近しいと感じた相手。
f:id:andantepresto:20171010081404j:image
けれどカルナとズルヨウダの気持ちがお互い逆の方向へ変わり、すれ違ってしまうのが悲しい。カルナが最初の心のままだったら開戦を諌めて止めたかもしれない。ズルヨウダは止めてほしくて待っていたのかもしれない。

f:id:andantepresto:20171010081151j:image

そしたら和睦して二人とも生きていたかもしれない。カルナは誓いを守るために耳飾りを手放したことで最強の武器を与えられ、力を持ったことで心が変わってしまった。実の母の言葉も振り切るほどに。ならば誓いを守らなければよかったのか?どうなのか?と答えが見つかりません。
f:id:andantepresto:20171010081218j:image

ズルヨウダが心を動かされるほどのカルナのまっすぐさ、ひた向きさは、TVなどでも真面目な印象の強い菊之助さんにぴったりだ。祈りを捧げるシーンは思わず息をのむ。
f:id:andantepresto:20171010081326j:image

いざ戦いとなったときの勇壮さも美しい。カルナが金色でアルジュラが銀色で、剣もその色で殺陣が煌びやか。二人の殺陣も激しくて見応えがある。戦いを好んだアルジュラが、血の繋がった者どうし殺しあうことに気付き、開戦に及び腰になるのはなんとも考えさせられる。そしてカルナの最期はほんとうにかなしい。ただただ、父親の期待に応えたかった。そんな運命を背負わされてしまった。そして友も裏切りたくはなかった。兄を殺せないというアルジュラの肉親の情も悲しい。アルジュラが当初よりも柔軟な考えの持ち主になっていて、和睦できたんじゃないかと思わせる。でも、「私は盾を捨て矛を取った、もはやあとには引けぬ」と言う兄カルナの最後の願いを聞き届ける…。カルナが自分を殺させるためにわざと「とどめ」と襲う振りをする直前にアルジュラの背に手をそっと当てていて、弟への想いがその一瞬に伝わってきて苦しい。

(そういえば、帝釈天が最初の頃にクンティ姫に要らぬことを吹き込んでカルナに出生の秘密を明かすのを止めなければここまですれ違わなかったんじゃないか?最強の武器を与えなければカルナの心も変わらなかったし…余計なことばかりしてないか、帝釈天様?)

最期に「私の選択は間違っていませんでしたか…ご期待に添えましたか…」「私は生まれてきてよかったのです…(か)…」と言って死ぬのがひたすら悲しい。死ななければ事が収まらないのなら、カルナはなぜ生まれたの、と悲しくなった。そう疑問に思いながら死んでいったのだろうか…。でもカルナがいたからズルヨウダは先んじて開戦せず、五王子が勝ってユリシュナが良い治世を行った。先んじて開戦していたらズルヨウダが勝って国は乱れたままだったろう。だから意味はあったのだ、と思いたい。
ズルヨウダの「カルナ、お主は生きよ…!」も素敵だった。あの願いが届かなかったことも悲しい。カルナとズルヨウダの二人はまだ輪廻の中にいるようだから、次の輪廻では幸せな人生を歩めていることを祈ってしまう。

最後の神々のシーンでは五兄弟の時代も終わって彼らも死に、孫の世代になっている、という描き方が無常感を強めていた。あんなに濃密な時間も悠久の刻の流れの中の一瞬に過ぎないのだ。私達の生きるこの時間も。

はー。ともかく素晴らしい舞台でした。何回も見たいのですが午前11時開演…歌舞伎昼の部の悩ましいところ。今月は国立に歌舞伎座新橋演舞場にと見たい歌舞伎がたくさん。七之助さんは夜の部も出ずっぱりですからね。幸せな悩みです。